原文更新日 : 2006-07-18
翻訳更新日 : 2007-06-27
正常な適応と適応障害に関する患者さん向けのこの要約は、がんの専門家が医療関係者向けに作成した要約を編集したものです。本稿を含め、がんの治療、検診、予防、支持療法および現在米国で行われている臨床試験についての信頼できる情報は、米国国立がん研究所(NCI)から得られます。がんの患者さんでは、大多数の人に何らかの感情的反応が認められますが、特定の精神障害の徴候や症状が現れることは通常ありません。しかしここで生じてくる心理的な苦痛や社会的な苦痛の強さは患者さんごとに様々で、がんという状況への正常な適応と考えられるものから適応障害と診断されるものもあり、よりひどい場合には重大な精神障害(大うつ病性障害など)に陥ってしまう場合もあります。この短い要約では、正常な適応、心理的苦痛と社会的苦痛、および適応障害について記載されています。(さらに詳しい情報については、PDQの不安障害とうつ病に関する要約をご覧ください。)
がんに対する適応とは、感情的苦痛に対処することから始まって、がんによって生じる問題を解決していき、がんに関係する出来事をコントロールできるようになるまでの過程のことをいいます。がんの患者さんは多くの問題に直面し、しかもその問題は病状の変化や治療法の変更に伴って刻々と変わっていきます。危機的状況や重大な問題に直面する時期としては、診断を告げられたとき、治療を受けているとき(手術、放射線療法、化学療法など)、治療が完了したとき、がんの寛解を告げられたとき、がんの再発を告げられたとき、社会に復帰するときなどが重要です。こうした節目の時期のそれぞれに、対処すべき課題や、生と死に関する疑問、情緒的問題などが生じてきます。
がんの診断という状況にうまく適応していくためには、普段の役割を果たし続けられること、感情的苦痛に対処できること、自分にとって大事な活動に積極的に関わり続けられることなどが重要になります。
対処とは、人生で遭遇する状況に適応していくために、思考をめぐらせて行動を起こすことをいいます。個人がもつ対処のスタイルは、通常その人の性格(例えば、常に最高の位置を求める、最悪の状況ばかり考える、内気または遠慮がち、外向的など)と関係しています。
対処戦略とは、一部のまれな状況(例えば、がん治療の副作用に適応していくために自分の日課や仕事のスケジュールなどを調整しなければならない場合など)で用いられる特別な考え方や行動のことをいいます。患者さんにとって対処戦略を身につけることは多くの点で有益であり、例えば、状況を打開する方法をみつけること、感情的苦痛に対応していくこと、がんの原因や人生への影響を理解すること、などに大きな助けとなります。うまく適応できている患者さんは、大抵の場合、がんへの対処に積極的に取り組んでいます。そういった患者さんの場合は、がんという困難な状況にあっても自分の人生に意義や重要性を見出すことができます。一方のうまく適応できない患者さんは、次第に対処する意欲を失っていき、内に引きこもるようになり、最後には希望を失ってしまいます。 現在、こうした対処戦略の違いによってがんの患者さんの回復後の生活の質がどの程度変わってくるかを調べる研究が進行しています。
がんの症状をコントロールするための手段がない場合、その患者さんには苦痛が生じてきます。また、同じ診断を受けて同じ治療を施されている患者さんの間でも、生じてくる苦痛が大きく異なってくる場合があります。こうした患者さんの苦痛を少しでも緩和するのには、医師や医療従事者が、患者さんの治療スケジュールへの適応や治療の副作用への対処を手助けしていくこと(例えば、吐き気に対する制吐薬の処方などで)が重要になってきます。
患者さんには様々な点で個人差がありますが、その中にはがんへの適応過程を左右してくるものも数多く存在します。そのため、患者さんががんという問題にどのように対処していくかは、なかなか予測できるものではありません。がんに対する適応過程に影響を及ぼす要因としては、以下のようなものがあります:
がんに対する適応の過程は、診断を受ける前から始まることもあります。原因不明の症状があるときや、がんの存在を確認するための検査を受けているときには、患者さんには正常な心理的反応として恐怖や不安、心配などが生じてきます。がんであることを告知されると、患者さんの多くは「自分はがんで死ぬのだろうか」といった思いに駆られます。
がんの診断を受けることは、患者さんに精神的な苦痛を引き起こしますが、これは正常な心理的反応であって初めから予測されるものです。診断を信じることができずに、「その結果は本当に正しいのですか」と医師に尋ねる患者さんもいます。この時点では、大部分の患者さんが冷静な思考は不可能であると感じます。感情が麻痺する患者さんや、精神的ショックを受ける患者さん、あるいは「こんな災難が自分に降りかかるはずはない」というように考える患者さんもいます。このような場合には、医師が診断や治療について重要なことを伝えようとしても、そうした情報を患者さんが理解し記憶しておくことは非常に困難になります。このため患者さんには、診察に誰かに付き添ってもらう、医師との話し合いの内容を録音してもらう、再度の診察を予約して医師に質問し治療計画を確認する機会を設ける、などの手段を講じて情報を再確認できるようにしておく必要があります。その後、がんの診断という現実を徐々に受け入れてくると、抑うつや不安、食欲不振、不眠、集中力の低下などといった症状が徐々に現れ始め、日常生活に様々な程度の不自由が生じてきます。治療法に関する情報を得てそれを理解できるようになると、徐々に希望が湧き始めて、気分も軽くなっていきます。最終的には、がんの診断という状況に対処し適応するため方法が編み出されていきます。
がんの治療が始まると、痛みを伴う処置が必要となったり、副作用(脱毛、吐き気や嘔吐、疲労、痛みなど)が生じてきたり、普段の生活や仕事に支障が出てきたりしますが、患者さんにはこのような問題に伴って恐れが生じてきます。これらの喪失による短期的な苦痛と治療による長期的な利益(例えば、余命の延長)を冷静に比較し、「やるだけの価値がある」というように治療の実施について納得できる患者さんでは、うまく適応が進んでいくのが通常です。治療中の患者さんには、「生き延びられるだろうか」、「うまくいくのだろうか」、「どんな副作用が出てくるのだろうか」などといった疑問が生じてくることがあります。患者さんは、こうした疑問を経験する中で、がんへの適応方法を学んでいきます。特定の問題(疲労、治療施設までの交通手段、仕事のスケジュールの変更など)に対処する方法を身につけていくことが有用となります。
がんの治療が終了する頃になると、患者さんは複雑な心境を経験するようになることがあります。この時期には、喜びや安心感がもたらされる場合もあれば、一旦治療を止めてしまうと再発を起こすのではないかという認識から、かえって不安が増強してしまう場合もあります。ここで前向きな思考と恐怖感が続くという現実との間で精神的にうまくバランスを取れる患者さんでは、うまく適応が進んでいきます。また医師との面会の回数が少なくなるにつれて、多くの患者さんが、がんの再発に対して強い不安や恐怖を抱くようになります。適応面での問題としてはこの他にも、不確定な要素を抱えての生活、以前の役割への復帰、健康に対する過度の懸念などといったものが考えられます。寛解期にはフォローアップのために腫瘍医を定期的に受診することになりますが、こうした診察日が間近になってくると、患者さんにはがんの再発についての不安や心配が正常な反応として生じてきます。
治療後と寛解期の状況にうまく適応していくためには、以下のような対処戦略を用いて、正常な反応として生じる感情的苦痛をうまくコントロールしていくことが重要になります:
ここでは肯定的な感情と否定的な感情の両方を広く表現できることが重要で、それができる患者さんは通常うまく適応していきます。
がんの治療が治癒を目的としたものから症状の緩和を目的としたものへ移行する際には、患者さんは極度の不安に襲われることがあります。精神的ショックや不信、否認などを経験し、その後さらに強い苦痛(例えば、うつ病、集中力の低下、死に関する思考へのとらわれ)に苛まれる期間が続きます。さらに正常な適応の過程として、悲しみと嘆きの時期、神などの超越的な存在に対する怒りの時期、引きこもりと孤立の時期、そして諦めの時期が訪れます。その後は、期待の対象が治癒から癒しへと変化していくことによって、患者さんは数週間をかけて徐々に適応していきます。癒しとは、死に直面しながらも様々な方法を用いて生活を変容させること、つまり、"Becoming whole again"(訳注:米国で有名な書籍のタイトル)に記載されている過程のことです。この過程においては、患者さんが希望をもち続けるということが非常に重要となってきます。痛みや苦痛はコントロールできるものと信じている患者さんでは、将来の質の高い生活に希望をもつことができます。また、自分は人から愛され大切にされていると信じている患者さんは、将来の人間関係に希望を持つことができます。さらに宗教や霊性も、患者さんの希望を維持していく上で非常に重要な役割を果たします。
がん治療の終了時から始まる長期的な生存への適応は、何年にもわたる緩やかな過程です。将来という問題に直面したがんの患者さんがよく経験する問題に、再発への恐怖心、疲労などの身体的影響の長期化、睡眠の問題、性的機能についての不安などがあります。ほとんどの患者さんはうまく適応し、なかには、命に対する正しい認識をもつことができた、人生観が変化した、霊的信条や信仰心が強くなったなど、がんにかかったことで何か大事なものを得たと報告する患者さんさえいます。その一方でうまく適応できない患者さんもいて、そのような患者さんには、多くの医学的問題を抱えている、友人や家族からの支援が不足している、経済的に貧しい、がんとは無関係の所で心理的な適応に問題を抱えている、などといった要因が通常認められます。
がんの患者さんでは、そのほとんどが何らかの苦痛を経験している一方で、それに対して援助を受けている患者さんの割合はほんのわずかにすぎません。ここでいう苦痛とは、感情面、心理面、社会面、および霊性面を含めた幅広い意味での不快な経験のことで、がんという病気においては、治療によって生じる問題に患者さんが対処していく上での障害となってきます。患者さんが経験する感情は、通常生じる程度の悲しみや恐怖から、重度の抑うつや不安、パニック、孤独感に至るまで、非常に幅広いものとなります。こうした感情のために、日常での家族や友人、同僚などとの対人関係に問題が発生してくる場合もあります。こうした状況は社会的苦痛と呼ばれます。
がんの患者さんには、精神衛生の専門家への紹介が必要かどうかを判断するために、定期的にアンケートを受けてもらうことがあります。診断時、治療の実施中、長期間の治療の終了時、寛解期、再発時、緩和ケアの開始時などは、苦痛によって患者さんの生活能力が損なわれることもあるため、特に重要な時期となります。軽度の苦痛を抱えている患者さんには、自助グループの紹介が有益となります。中等度から重度の苦痛を抱えている患者さんでは、精神科医や心理士、ソーシャルワーカー、聖職者カウンセラーなどの精神衛生の専門家への紹介が必要となる場合もあります。
心理面と社会面の評価には、精神衛生の専門家に悩み事や心配事を打ち明けることの利点を患者さんが納得することが重要となります。患者さんが精神衛生の専門家に期待できることには、以下のようなものがあります:
必要ならばカウンセリングや心理療法が勧められる場合もあります。
最近の研究から、がんの患者さんには心理社会的治療が有益であることが示されています。この治療法の定義は、薬物を用いずに、以下のような心理的支援と教育的支援を提供する治療法とされています:
こうした治療は、個別形式と集団形式の両方を含む様々な方法を組み合わせながら、長期にわたって実施されていきます。この治療法については、これまでに十分に研究がなされてきたわけではなく、中〜高収入層の乳がんの米国白人女性を対象としたものが実施されただけでしたが、現在では様々な集団で研究が進められています。この種の治療を受けたがんの患者さんには、受けなかった患者さんにはみられなかった有益な変化が認められていて、その具体的な効果としては、うつ病の軽減、不安の軽減、がんに伴う症状の軽減、免疫系機能の改善、生活習慣の向上(運動の増加)などが挙げられています。こうした有益な変化の程度やそれが回復の過程に及ぼす影響を解明するために、さらなる研究が必要とされています。
適応障害とは、がんの診断、治療、再発、副作用などに対して、予測される範囲を超えた極端な行動や気分が生じてくる状態のことをいいます。こうした行動や気分によって、家族や友人との対人関係や職場などの社会的場面において重大な問題が引き起こされます。通常、適応障害は苦痛の徴候が最初に現れた時点(例えば、がんの診断時)から3カ月以内に発症します。患者さんの中には、慢性的な適応障害を起こす人もいますが、これは苦痛を引き起こす原因が複数あってそれが次々と生じてくるためです(例えば、がんの診断、治療開始、治療の副作用、治療終了、職場復帰)。適応障害が慢性的になってくると、さらに重い精神障害(大うつ病など)へ進行していく危険性も出てきます。このような事態は成人よりも小児や青年に多くみられます。
感情的な苦痛を緩和するために、患者さんの思考や感情や行動に焦点を当てた治療が個人形式や集団形式で実施されることがあります。こうした治療法には以下のようなものがあります:
薬物の投与は、先にカウンセリングか心理療法を試した上で行われます。短期的な心理療法で患者さんの状態が改善しない場合や、うつ病などのさらに重い精神障害が生じた場合には、医師によって適切な薬物が処方されることになります。(さらに詳しい情報については、PDQのうつ病と不安障害に関する要約をご覧ください。)