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心的外傷後ストレス障害: 支持療法

はじめに

心的外傷後ストレス障害に関する患者さん向けのこの要約は、がんの専門家が医療従事者向けに作成した要約を編集したものです。本稿を含め、がんの治療、検診予防支持療法および現在米国で行われている臨床試験についての信頼できる情報は、米国国立がん研究所(NCI)から得られます。より良い治療法が多くのがんに対して開発されてきた結果、より長い無病生存期間(治療後に再発なく過せる期間)を経験する患者さんが多くなってきました。しかしこのことは同時に、心的外傷後ストレス障害と呼ばれる心理的問題を経験する患者さんの増加にもつながっています。この短い要約では、心的外傷後ストレス障害とその症状および治療について記載されています。


概要

がんの脅威を克服した人(生存者)では、トラウマ(心的外傷)に関連する症状が現れてくることがありますが、これは戦闘や天災、暴行(強姦など)などの、極度のストレスの原因となる命に関わる状況から生還した人々が経験する症状と類似しています。このような症状をひとまとめにしたものは心的外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ばれ、その具体的な症状としては、トラウマとなった出来事に関係のある状況を避けてしまう、その出来事が頭から離れない、過度の興奮状態に陥る、などが挙げられます。

がんの病歴のある人は、PTSDを発症する危険性が高くなると考えられています。命に関わる病気と宣告され、がんの治療を受け、身体や生命への脅威を繰り返し感じながら生きる、こうしたことから生じる身体的苦痛や精神的ショックが、がんの患者さんのトラウマとなることがあるのです。


診断と症状

心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、精神的ストレスの原因となる出来事(実際の死、死の脅威、重い怪我、自身や他者に降りかかる脅威など)の後に続いて現れる一群の特定の症状、と定義されます。しかしがん診断を受けた患者さんでは、PTSD症状の誘因となっているトラウマはあまり明確ではありません。誘因となりえるものとしては、命に関わる病気と診断されること、治療の行程に関する諸々の事柄、検査の結果、再発の告知など、がんの体験に関連する多くの事柄が含まれます。自分の子供ががんであると知らされることは、多くの親にとって大きなトラウマとなります。がんの体験には心を乱すような出来事が数多く含まれるため、ストレスの原因として1つの出来事を抜き出すのは、天災や強姦などの他のトラウマの場合と比べてはるかに難しいのです。トラウマとなった出来事は、極度の恐怖や無力感、戦慄などの心理的反応を引き起こし、PTSD症状の誘因となることがあります。

がんの生存者におけるPTSDは、以下のような特徴的な行動として現れます:


PTSDと診断されるには、これらの症状が1カ月以上続いていて、かつ対人関係や職場などの日常生活における重要な領域に大きな問題が発生していることが、必須の条件とされています。これらの症状が現れてから1カ月未満の患者さんでは、多くの場合後になってからPTSDを発症します。


危険因子、予防因子、PTSDの発生

がんを含む心を強く乱す出来事を経験した人々では、その3分の1にもあたる人々が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症します。しかしここでPTSDを発症する人としない人がいることは、この出来事の存在だけでは説明がつきません。どの種類のがんでPTSDの発生リスクが高くなるかという問題については明解な答えは出ていませんが、特定の精神的要因、身体的要因、社会的要因によってPTSDが発生しやすくなってくる場合があります。


個人的要因と社会的要因

PTSDの発生率を高めることが示されている個人的要因や社会的要因としては、年齢の低さ、学校教育期間の短さ、所得の低さなどが挙げられます。


病気に関連した要因

PTSDと関連性のある要因のうち、他の病気に関連した事例として以下のようなものが挙げられます:



精神的要因

一部の患者さんでPTSDの発生に影響を及ぼしうる精神的要因としては、以下のようなものがあります:



予防因子

患者さんのPTSD発症の可能性を低減する要因もあります。そのような要因としては、社会的支援の強化、がんの病期についての正確な情報提供、医療スタッフとの良好な関係などが挙げられます。


PTSDの発生の仕組み

PTSD症状の発生には、条件付けと学習という2つの過程が関係しています。まず過去に起きた心を乱す出来事に対して何らかの物事が関連付けられ、それ以降その物事が誘因となって恐怖という反応が引き起こされるという構造が、条件付けから説明されます。動揺を引き起こす本来の誘因(化学療法や痛みを伴う治療法など)と同時に存在していた中立的な要因(匂い、音、光景など)が、トラウマとなった出来事が終わった後になっても、それだけで不安やストレス、恐怖心などを引き起こす誘因となるのです。こうしてできあがったPTSDの症状は、さらに学習の効果によって持続的なものとなっていきます。つまり、その誘因を回避することによって不快な感情や思考の発生を未然に防げるということを患者さんが自然と学習してしまい、この回避による対処が定着していくのです。

しかしこの条件付けと学習の概念は症状の発生過程の一部分を構成しているだけであって、PTSDを発症する人と発症しない人がいることには、さらに多くの要因が関わってきます。


評価

がんの患者さんの場合、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に関する入念な評価を受けることによって、早期のうちに症状を特定し治療を開始することが重要となります。評価を行うべき時期は、患者さんごとに異なります。がんという体験には、トラウマを繰り返し生じさせ、その継続期間には際限がないという性質があります。がんの患者さんには、診断時から始まって治療終了時、そして再発時までのいずれの時期においても、ストレス症状を経験する可能性があります。虐待の経験をもつ患者さん(大量虐殺の生存者など)や、そのような経験が原因でPTSDもしくはその症状を抱えている患者さんでは、がんの治療中に発生する何らかのきっかけ(例えば、MRICTの撮影装置の中に入るといった臨床的場面)によって症状が再発してしまう場合があります。このような患者さんでは、がんやその治療にうまく適応できないことにもなりますが、さらにそのPTSD症状が他の要因の影響を受けて多様な様相を呈してくることもあります。こうした症状は、程度の差こそあれ、がんの治療中と治療後にはより発生しやすくなってきます。

PTSDの症状は通常、トラウマとなった出来事の発生後3カ月以内に現れ始めますが、ときには数カ月、さらには数年以上経過してから出現してくる場合もあります。したがって、がんの生存者とその家族には長期的な経過観察を受けていくことが推奨されます。

心を乱す出来事を経験した人の中には、初期症状はみられるもののPTSDの診断基準を十分に満たさない人も存在します。しかし、初期症状がある場合は、将来的にPTSDを発症することが予測されます。したがって初期症状がみられる場合にも、生存者とその家族に対して度重なる経過観察を長期にわたって実施していくことが必要となります。

PTSDは、その症状の多くが他の精神医学的問題と類似しているため、診断が難しくなる場合があります。例えば、いらだちやすい、集中力がない、警戒心が強い、過度に怖がる、眠れないなどは、PTSDと不安障害のどちらにもみられる症状です。この他にもPTSDと恐怖症とパニック障害の間で共通してみられる症状もあります。興味を喪失する、希望を失う、人を避ける、睡眠に問題を抱えるなどの症状がみられる場合は、PTSDかうつ病の可能性があります。また、たとえPTSDやその他の問題が生じていない場合でも、がんの診断やがん治療を受けることに対する正常な心理的反応として、特定の思考への囚われ、引きこもり、睡眠の問題、過剰な興奮状態などの症状が現れてくることがあります。

患者さんのストレス症状の有無を評価して診断を決定する際には、医療従事者はアンケートや面接を行います。

PTSDに加えて他の問題が同時に発生している場合もあります。そのような問題として考えられるものには、物質乱用、情緒面の問題、その他の不安障害(社会恐怖や強迫性障害など)、大うつ病、アルコール依存症、薬物依存などが含まれます。


治療

心的外傷後ストレス障害(PTSD)の影響は、長期的でかつ深刻です。そのせいで通常生活を営む能力が妨げられ、対人関係、学業面、職業面などに支障をきたしてきます。がんの患者さんのPTSDではがんと関係のある場所や人物を避けてしまうという症状が生じてくるため、この症候群のある患者さんでは、病院に行って治療を受けることもままならなくなるという事態も生じてきます。そのためがんの生存者にとっては、自らのがん体験からこのような心理的影響が生じてくるということについて、またさらにはPTSD症状の初期治療について、予め情報を得ておくことが重要となります。PTSDに用いられる治療法は、他のトラウマの被害者に用いられるものと同一です。複数の治療法を組み合わせて用いる場合もあります。

症状を軽減して患者さんの機能を正常な状態まで回復させるために、危機介入が試みられられることがあります。この治療法では、問題の解決と対処技術の教示、それに支持的な環境の提供に重点が置かれます。

患者さんによっては、思考パターンを変えることで行動を変容させるように導いていく手法が有用となってきます。具体的な手法としては、患者さんの症状の理解を手助けする、対処の技術やストレス管理の技術(リラクゼーション法など)を指導する、心を乱す思考を言葉で表現するように指導する、動揺の誘因が気にならないようになるまで手助けをしていく、などがあります。性行動や他者との親密な状況を避けるといった症状がある場合は、行動療法が用いられます。

心的外傷後ストレス障害の症状をもつ人々を対象とした支援グループも存在します。このようなグループに参加すれば、感情的な支えを得たり、動揺の体験や症状をもつ人々と出会えたり、対処や管理の技術を習得したりすることが可能になります。

重症の患者さんには薬物が用いられることもあります。使用される薬物には抗うつ薬と抗不安薬があり、必要な場合には抗精神病薬も用いられます。


2007-06-27