なぜがんになる人とならない人がいるのかは、医師にとっても必ずしも説明できることではありません。しかしそれでも、人口集団におけるがんの発生パターンの研究を通して、がんを発生しやすくする環境や生活習慣を明らかにしようとする努力が積み重ねられてきました。
疾患が発生する可能性を増大させるものは全て危険因子と呼ばれ、逆に疾患が発生する可能性を減少させるものは全て防御因子と呼ばれます。がんの危険因子には回避できるものもありますが、回避できないものも数多くあります。例えば、喫煙をやめることはできても、親から子へと遺伝により受け継がれる遺伝子を自由に選ぶというわけにはいきません。喫煙習慣であれ特定の遺伝子の継承であれ、ある種のがんの危険因子として考えられる点に変わりはない一方で、喫煙習慣のみが回避可能となるのです。予防とは、こうした危険因子を回避するとともに制御可能な防御因子の影響を強めることによって、がんの発生する可能性を減らしていくことを意味します。
危険因子の多くは回避することができますが、たとえ危険因子を回避できても、それががんにならないことの保証になるわけではないということは覚えておかなければなりません。また、がんに対し特定の危険因子をもつ人でも、そのほとんどが実際にはがんを発症しません。他の人と比べて、がんの危険因子からの影響を受けやすい人もいます。ご自身に合ったがんの予防方法については担当の医師にご相談ください。
乳がんの予防に関するこの要約は、以下のような目的で作成されています:
がんの予防法に関する事柄や、その予防法がご自身にとって有用となるかどうかについては、担当の医師または医療専門家に相談してみるとよいでしょう。
乳房は、葉、小葉、腺房から構成され、これらが乳管でつながれた構造をしています。また乳房の中には血管とリンパ管も走っています。このリンパ管はリンパ節と呼ばれる組織につながっています。リンパ節は、わきの下や鎖骨の上部、胸部内などを始めとする体内の各所に、群れを成すようにして存在しています。リンパ管とリンパ節はリンパ系を構成しており、そのネットワークを介してリンパ液が全身を循環しています。このリンパ液の中には、感染や病気に対する防衛を担当する免疫細胞が含まれています。
乳がんが乳房の外部へ転移する場合、がん細胞が新たに発見される部位としては、わきの下のリンパ節が最も多くなります。このリンパ節にがんの転移が認められる場合は、リンパ系や血流を介して体の別の部位にまでがん細胞が転移している可能性が高くなります。
乳がんに関するさらに詳しい情報については、以下のPDQの要約をご覧ください:
乳がんは、米国人女性のがんによる死亡原因の中で肺がんに次ぐ第2位の位置を占めています。乳がんは男性にも発生することがありますが、毎年新たに診断される症例はごく少数となっています。近年の早期発見と効果的な治療の実施により、乳がんによる死亡者の数は今後減少していくと予測されていますが、さらに新たな予防法の開発研究も続けられています。
乳がんでは、この疾患の危険因子の関与が実際にもしばしば認められます。危険因子の多くは改善することができますが、全ての危険因子を回避することはできません。例えば、特定の遺伝子(BRCA1やBRCA2など)を親から受け継いだ女性では、乳がんの発生リスクが高くなります。このような高リスク遺伝子は改善しようのない危険因子といえます。そこで、こうした遺伝子をもつ女性を対象とした乳がんの予防方法を開発するために、現在も研究が続けられています。
乳がんの発生リスクを増大させると考えられている因子には、以下のようなものがあります:
エストロゲンは卵巣から分泌されるホルモンで、女性の乳がんの発生リスクを増大させると考えられています。エストロゲンへの暴露量の増加とそれに伴う乳がんの発生リスクの増大は、以下のような状況で起こってきます:
X線検査や放射線治療の際の胸部への放射線の暴露は、10年後の乳がんの発生リスクを高める要因となり、特に若い患者さんではその傾向が強くなります。放射線治療との関連性が認められる乳がんの症例はごく少数ですが、一部の特定の集団では一般の人々よりもこのリスクが高くなるので注意が必要です。例えば、小児ホジキンリンパ腫に対する放射線療法を受けた女性では、何年も後になってから乳がんを発症する可能性が高くなります。
片方の乳房にできたがんに対する放射線療法によってもう一方の乳房でのがんの発生リスクが増大しないかという問題については、どうやらそのようなことはないようです。
閉経後(特に自然閉経の後や60歳以降)の体重増加は、乳がんの発生リスクの増大につながる場合があります。
飲酒の習慣は乳がんの発生リスクの増大につながります。お酒をまったく飲まない女性と比べた場合、飲酒量が増えれば増えるほど乳がんリスクの増大の程度も大きくなっていきます。
乳がんの発生リスクを低下させると考えられている因子には、以下のようなものがあります:
SERMは、骨などの一部の組織においてはエストロゲンに似た作用を示す一方で、それ以外の組織ではエストロゲンの作用を阻害するという性質をもった薬です。その中でもタモキシフェンは、乳がん細胞に対するエストロゲンの作用を阻害するSERMです。このタモキシフェンについては、乳がんの発生リスクが高い女性に投与することでそのリスクを低減できるということが、ある大規模な研究で実証されています。しかし一方で、タモキシフェンの投与には、子宮内膜がんや脳卒中、静脈血栓、肺血栓を起きやすくするという危険性もはらんでいます。乳がんリスクについて不安がある場合は、乳がん予防のためにタモキシフェンを服用すべきかどうかについて、担当の医師に相談してみるのがよいでしょう。タモキシフェンの服用による効能とリスクの両方を併せて考慮することが重要になります。
ラロキシフェンは、乳がんの予防薬として研究されている別のSERMです。閉経後の骨粗鬆症の女性を対象としたある研究では、乳がんリスクの高い女性と低い女性の双方において、ラロキシフェンの投与でそのリスクを低減できたと報告されています。ただし骨粗鬆症のない女性でも同様の効能が得られるかどうかは分かっていません。タモキシフェンと同様にラロキシフェンでも静脈血栓と肺血栓のリスクが増大することがありますが、子宮内膜がんのリスクについては増大することはないようです。
閉経後の女性においては、アロマターゼ阻害剤の投与によって体内のエストロゲンの量と乳がんのリスクを低減させることができます。閉経を迎えた女性では、体内でのエストロゲンの生産過程が、アンドロゲンという別のホルモンを原料とした卵巣外での生産に切り替わります。そしてこのアンドロゲンからエストロゲンが作られる過程にはアロマターゼと呼ばれる酵素が関与していて、アロマターゼ阻害剤はこの酵素の働きを妨害します。アロマターゼ阻害剤を服用すると、骨密度の低下や脳機能(会話、学習、記憶など)への悪影響など、有害な副作用が生じてくる場合があります。
乳がんの家族歴のある女性では、乳房を両方とも切除しておくことが乳がんリスクの低減につながる場合があります。予防的乳房切除術を検討する場合は、その決断に先立ってがんのリスク評価とカウンセリングを受け、さらに治療のあらゆる選択肢を慎重に検討することが重要になります。女性によっては、予防的乳房切除術を受けたことによって不安や抑うつなどの状態に陥ったり、ボディーイメージの問題を抱えるようになったりする場合もあります。
片側または両側の卵巣を摘出することによって、体内でのエストロゲンの分泌量を減少させて、乳がんのリスクを低減させることができます。また、薬を投与することによって卵巣からのエストロゲンの分泌量を減少させる場合もあります。ただしエストロゲンを急激に減少させると、以下のような更年期症状が発生してくることがあります:
週に4時間以上の運動を行うことによって、ホルモン濃度が低下し、乳がんリスクの低減につながる場合があります。この乳がんリスクに対する運動の効果は、体重が正常かそれ以下の若い女性でより強く現れます。ただし運動には骨や筋肉への負傷のリスクが伴うため、安全に注意しながら行う必要があります。
以下の因子の乳がんリスクへの影響については現在もよく分かっていません:
流産と乳がんとの関連性については、研究による証明はなされていません。
特定の環境暴露(化学薬品、金属、粉塵、汚染など)によって乳がんのリスクが増大するかどうかについては、研究による証明はなされていません。
乳がんの危険因子として食習慣を検討する研究が現在進行中です。低脂肪の食習慣や果物と野菜を多く摂る食習慣による乳がんの予防効果については、証明はなされていません。しかしながら、ベータカロチンを多く摂取する食習慣によって乳がんリスクが低減される場合があるということが、複数の研究から示されています。さらにベータカロチン、葉酸、ビタミンA、およびビタミンCの4つの成分を豊富に摂取する食習慣を身につければ、飲酒による乳がんリスクの増大を帳消しにできる場合もあるようです。
スタチン(コレステロール値を下げる薬)の服用によって乳がんのリスクが変化するという現象については、研究による確認はなされていません。